AlulaNo.44(2012年春号):53−57
冠島で標識したオオミズナギドリがボルネオで回収:国内最長寿記録
須川 恒
回収記録を受け取る
2012年4月に、山階鳥類研究所標識センターより、冠島で装着したオオミズナギドリの回収記録が、回収情報のお礼であるヤンバルクイナのシールとともに送られてきた。
2012年1月26日にマレーシア・ボルネオ島のサバ州沖のラブアン島(ラブアン島はマレーシアの直轄領地)で、衰弱して保護されたオオミズナギドリに09A-74712の金属足環がついていた。連絡者は、マレーシアの野生生物・国立公園局のHasdi Bin Hassanさん。
09A-74712は、冠島で装着した個体だが、もとは090-33119のリングがついていた個体で、090-33119は1975年5月16日に冠島で標識された。標識してから36年8ヶ月たっての確認だった。 回収記録によるとラブアン島は、冠島から3964qとのこと。
冠島で雛に標識した個体は4年後から島に戻ってくるので(須川,2006)、多分この個体は40歳以上だったのだろう。残念なことに保護された日に死亡したそうだ。
オオミズナギドリの海外回収は少なく、またオオミズナギドリは京都府の鳥ともなっているので、バンディングのメーリングリストだけでなく、日本野鳥の会京都支部や関西圏の野鳥関係のメーリングリストにこの情報を紹介した。するといくつか反応があった。
国内の最長寿記録だろうか
環境省生物多様性センターの奥山正樹さんからは、現在、環境省/山階鳥研のホームページや鳥類アトラスではコアホウドリの33年を最長寿記録と解説している。http://www.yamashina.or.jp/hp/ashiwa/ashiwa_index.html#02-2
新記録を塗り替えたのならば、ちょっとしたトピックスとして扱うべきニュースかと思うが、どうだろうかというものだった。
もう一つは、オオミズナギドリは京都府の鳥ということで、京都新聞の記者の方が取材に来られた(この原稿を書いている時点ではまだ記事となっていない)。
長寿記録が得られるかどうかは、リングの材質や交換リングをするかどうかが関係しているので、奥山さんに以下のように返事をした。
「コアホウドリの記事にも書いているように、長寿記録が得られるかどうかはリングの質の問題がありますので少し解説をします。
冠島では、比較的長期間持つモネル合金の金属足環を使いだしたのは1973年からでした。
1971〜1972年に使った銅製やアルミ製の足環は、数年しか持ちませんでした(オオミズナギドリは巣穴を掘るのでいたみやすいのだと思います)。1975年に装着した090-33119はモネル合金です。モネル合金の足環も20〜30年近くなると劣化がはげしく、1990年代から使いだしたインコロイ合金のものに付け替えをはじめました。2004年に交換をした09A-74712はインコロイ合金の足環です。
インコロイ合金は、相当丈夫で多分寿命いっぱいもつと思います。
このようなリング交換作業によって、モネル合金時代の標識個体からさらなる長寿記録が得られると思います。 交換でなくインコロイの金属足環による放鳥個体に寄る長寿記録は、かなり将来でないと得られないと思います。
交換リングによって、冠島のオオミズナギドリの長寿記録が更新されている事情をご理解いただけたと思います。」
「冠島で帰還状況を毎年調査していますので、ラブアン島で回収された個体の36年8ヶ月を超える記録が冠島の帰還個体で得られていないかをここ数年分(それ以前はもっと短くなります)確認したところ、最長で34年の記録があるだけでした。少なくとも冠島のオオミズナギドリ関係では36年8ヶ月は最長記録でした。」
冠島がらみの記録では最長記録で、ここ数年の毎年の標識センターの標識調査報告書を見ても、これがどうも日本における最長記録のようなのだが、最新の情報は判らなかったが、標識センターの仲村昇さんから以下の返事があった。
「今回のオオミズナギドリが日本の鳥の長寿新記録となります。それまでの長寿記録は冠島のオオミズナギドリで、34年10ヶ月です。これはホームページ等の記事が書かれた後に得られた記録のようです。日本で30年を超える記録がある種は、ウミネコ、ウトウ、コアホウドリと合わせて4種です。」
回収個体の装着・再捕記録
そうすると、今回の回収記録はかなり貴重な記録となる。そこで、この個体の再捕記録を調べることにした。1984年以降の記録は、私がデータベースをつくっている。それ以前の記録は、標識センターのデータベースもあるが、冠島調査研究会前会長の成田稔さんが標識個体の年度別確認状況が判る原簿をつくって各年度の記録を整理しておられる。これらから記録をまとめてみると、少しややこしいことに気付いた。
2004年5月22日のオリジナル記録のコピーをみると単純な交換リングではなくて、二つついていたことに気づき古いほうをはずした記録となっていた。
装着記録と再捕記録は以下。
090-33119は1975年5月16日に冠島で装着された。当時の調査記録はもっていないが、吉田直敏(1981)「樹に登る海鳥」(汐文社)に掲載されている資料によると5月16日〜19日までの4日間、吉田直敏・成田稔・八木昭・藤村仁さんら14名が渡島して標識調査を行っている。この個体はその後何回か再捕された。2003年8月22日に再捕された際に、足環がついているのに気付かず、09A-74712をつけて放鳥した。
2004年5月22日に再捕された際に、二つの足環がついていることに気づき(記録はD,ダブルリングとなっている)、09A-74712は残し、古い090-33119ははずして拡げてオリジナル用紙に張り付けて標識センターに送った。 この時は、5月21日〜24日まで、私も含め18名が渡島している。10m四方の区画表示で(0,0)の場所なので、老人島神社近くの区画で、有馬浩史・太田貴大さんら京都大学野生生物研究会のメンバーが分担していた区画である。
その後09A-74712の冠島での再捕記録はなくて、 2012年1月26日マレーシア、ボルネオのラブアン島で回収されたということになる。
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090-33119(=09A-74712)の装着記録と再捕記録
090-33119
1975年5月16日装着
1977年9月30日再捕
1982年8月21日再捕
1986年8月10日再捕 区画(−4,3 S 神社から50mほど離れた地表)
2003年8月22日再捕
(この時には090-33119がついているのに気付かずに
09A-74712をつけて放鳥した) (-1,0神社近くの地表)
2004年5月22日再捕 (0,0神社近くの巣穴の中)→足環が二つついているのに気づいて09A-74712を残して、090-33119をはずす。記録はD(ダブルリング)。はずしたリングは拡げてオリジナル用紙に貼りつける。
2012年1月26日マレーシア・ラブアン島 で回収されその日に死亡。
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海外におけるミズナギドリ類の長寿記録
京都新聞の記者の方からは、このような長寿記録をどう思うかと聞かれた。
ミズナギドリの仲間の海鳥は、海外では結構長寿記録が知られている。
メーリングリストで尾崎清明さんから教えていただいたサイトなどで判ったことは以下である。
BTOのサイトには、2010年11月時点のもので、マンクスミズナギドリの49年11ヶ月の記録が英国とアイルランドでは最長と出ている。
http://blx1.bto.org/ring/countyrec/results2010/longevity.htm
EURINGのサイトによると、これがヨーロッパの最長記録である(何故か同じデータが50年11ヶ月で引用されている)。
http://www.euring.org/data_and_codes/longevity-voous.htm
足環番号はAT 14414だったとのこと。
英国北アイルランド・ダウン州にあるCopeland Bird Observatoryで1953年7月17日にマンクスミズナギドリの成鳥にAT14414の足環を標識した個体が、同じ島で2003年6月22日に標識調査で確認された。49年11月5日が経過している。もちろん成鳥で標識したわけだから、49年より長生きをしていたということになる。
オーストラリアで繁殖するハシボソミズナギドリには48歳の記録がある。
http://www.environment.gov.au/cgi-bin/biodiversity/abbbs/abbbs-search.pl?taxon_id=1029
ハシボソミズナギドリに1960年12月オーストラリア・ビクトリア州のグリフィス島で16019858の足環をつけた。48年と3.8ヶ月後の2009年4月に同じ場所で死体についているのが見つかったという記録がある。
コアホウドリは、ミッドウェー環礁(現在ミッドウェー環礁野生生物保護区)で1956年12月に Bravo Barracks の裏で営巣しているコアホウドリの雌の成鳥をChan Robbins さんが標識した。その個体のカラーリングの番号は赤のZ333で、Wisdom(知恵)と名づけられた。
その後56年間同じ場所で営巣を続け、2012年2月はじめにまた雛を孵化させた。標識した時点で少なくとも5歳以上と推定され、この推定も加え、61歳以上となり、コアホウドリでの長寿記録である。
http://www.fws.gov/midway/whatsnew.html
2011年5月には、Wisdomが育てた雛へ、母親の番号にちなんで赤のN333のカラーリングを装着したとの記事も掲載されている。また、Wisdomが雛に2011年3月20日に、給餌をしている動画も見ることができる。
http://www.youtube.com/watch?v=-eOjMjFYwSY
昨年3月11日の東日本大震災の津波は、ミッドウェー環礁にも押し寄せ、多数の雛鳥が死んだが、幸いなことにWisdomの巣は無事で、その直後の給餌である。
長寿記録を可能とする海洋環境
このような記録もあるから、オオミズナギドリのこの程度の長寿記録が特に珍しいというわけでもない。しかし、冠島のオオミズナギドリがらみで、このような長寿記録が確認されたことは、冠島にかかわるオオミズナギドリが利用している海域が豊かで、長寿を保証できる安全な環境を示していると言えると思う。
最近、アルゴスの衛星発信機や、ジオロケーターといった装置で、冠島のオオミズナギドリが繁殖期や越冬期に利用している海域が明らかにされつつある。
1997年1月に発生したナホトカ号の重油事故で冠島にも大量の重油が押し寄せたが、オオミズナギドリがやってくる2月末までに事故はほぼ終息していた。冠島は、福井県にある高浜原発や大飯原発から30キロ圏内にあるが、幸いなことに、今までは深刻な原発事故は起こっていない。
豊かで安全な海洋環境を継続することができれば、今後も冠島のオオミズナギドリの長寿記録は更新されていくにちがいない。
須川恒(2006)冠島とオオミズナギドリ−生活史と標識調査.ALULA(No.33,2006秋号):24-29.
参照:
京都新聞の記事で紹介(そのうちアクセスできなくなるが、記事に提供した写真は以下)
http://www.kyoto-np.co.jp/environment/article/20120426000025
環境省生粒生物多様性センターのHPでトピックとしてとりあげられる。
http://www.biodic.go.jp/news/pdf/topic_oomizunagidori.pdf
ラブアン島で回収された時についていた2003年装着のリング(09A-74712)の画像が出ている。
写真 2004年5月の調査時の写真 この調査時に1975年装着のリングがついていることに気付いた。この調査時には古い足環を複数みつけて新しい足環に交換した。
リングをはずすためのオープンプライヤーで古い足環をしめしている須川(右)、オオミズナギドリを持っている人は太田貴大さん。冠島調査研究会撮影。