京都大学生態学研究センター 公募実習「里山の生物多様性・人と里山との関わり」における講義
                                   2006年9月5日
 
     里山保全のための道具箱    
   須川恒
※このサイトは講義中に紹介したウェッブサイトをリンクして受講者の便を計ったものです。今後さらにふくらませて便利にしていく予定ですので、
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1.自然の持続的利用のための道具類
 1992年滋賀県大津市で、アジア湿地シンポジウムが開催された。このシンポジウムは1993年より琵琶湖がラムサール条約登録湿地となるきっかけとなった(http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/sec1b.htm)。 ここで「Tools for implementing the wise use of wetlands(湿地の賢明な利用を進めるための道具類)」という英国人による講演があった。アイデア・制度・法律などを道具(Tool)と言い切る気持ちよさを感じた。
 オオタカが営巣している龍谷大瀬田キャンパス隣接林で運動施設・市道などの開発計画(1995〜)がおこり、1999年に龍谷大学の関係者に「オオタカが変える大学づくり −パワーアップしたオオタカ−」と題する、オオタカを中心に希少種保護の流れを講義する機会があった。この内容は、以下のような1990年代に明瞭になってきた里山保全を進める道具類を説明することでもあった。
 (地方版)レッドデータブック、種の保存法、環境影響評価法、猛禽類調査マニュアル、ビオトープなど
 この講義では、まずこれらの道具類について概要を説明していく。

2.レッドデータブック 世界・国のレベルより
 19世紀後半より動物(哺乳類・鳥類など)の絶滅種が増加した。原因は人為的なものであり、大陸では生息地の破壊、島嶼は侵入種が絶滅の原因として大きかった。
 これらの種は私達の世代で滅ぼしてしまっていいものでなく、次世代に伝えるべき財産(自然財)である。自然財は、その財産目録を持たないと意識できないものである。財産目録(Inventory)をつくることによって、はじめて盗まれていてもそれがわかるのだ。
 1960年代に英国の鳥類学者がレッドデータブックのアイデアを出し、国際自然保全連合(IUCN)が中心になって幅広い生物群のレッドデータブックを作成した。日本では以前から文化財の意識は高く管理にかかわっている人も多かったが、自然財という意識は希薄であった。環境庁が日本のレッドデータブックを出版したのは1990年に入ってからである。 http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html

3.猛禽類保護への関心の高まり 
 国のレッドデータブック作成によって、鳥類(初版1991年、2版2002年)では猛禽類(特にイヌワシ・クマタカ・オオタカ)への注目が高まった。イヌワシとクマタカは奥山の鳥であり、オオタカは里山の鳥といえる。1980年代からさまざまな里山域の開発においてオオタカの保護が問題となった。ところが、1990年代はじめまでは、オオタカの営巣地を保護する法的な根拠は無かった。オオタカは法律によって特殊鳥類と指定されていた(国際的に希少な種の貿易を制限するワシントン条約(日本は1980年批准)の国内法によって捕獲・取引をしてはいけない種)が、オオタカの営巣地保護の法的根拠とはならなかった。
 1992年のリオサミットからはじまった生物多様性条約を日本が批准し、国内法として種の保存法ができ、オオタカは国内希少野生動物種に指定され、営巣地保護の法的根拠が生まれた。猛禽類保護のためのガイドライン(環境庁(1996))「猛禽保護の進め方」(http://www.raptor-c.com/hogo1/download.html)によって猛禽類をきちんと調査しない限り開発ができないという(開発側にとっては衝撃的な)状況が生まれた。 
 オオタカが確認されたら営巣しているかどうかを確認し、営巣している場合は、営巣時期に最大の配慮をするとともに、オオタカの行動圏を調査分析し、営巣地域や重要な採食地などを保護するという流れができ、多くの開発工事に影響を与えた。

4.地方版レッドデータブックへ
 猛禽類類以外にも絶滅危惧種は多くいる。猛禽類以上の絶滅危惧の危険性のある種も多い。国レベルでは普通種でも地方では希少という種も多く、逆に国レベルでは希少でも地方では普通という種もいる。地方単位にレッドデータブックを作成しないと地域の自然財保護にはつながっていかない。
 鳥類では、2002年にまず近畿地区版レッドデータブック(2002)ができた。特色は「絶滅危惧種判定システムの開発」であり、主観的要素を含む希少性のランク判定をできるだけ客観的なものにする努力がなされた。京都府版や滋賀県版のレッドデータブック(鳥類)では近畿地区版の考え方を踏襲している。
 京都府レッドデータブック(RDB)は2002年に出版された。野生生物・地形・地質・自然生態系、上下巻1160ページ(7.3cm,3.5kg)という大部なものである。京都府版RDBにおける鳥類のランクは、個体数の多少、ここ20年ほどの個体数の減少の程度の組みあわせによって判断した(もちろん個体数に関して正確な調査はないので、観察者が各種が府下で何桁の個体数と考えるか(幅は許容する)といった判断をしてもらう)。
 この結果、絶滅寸前種は、ブッポウソウなど8種、絶滅危惧種はオオタカなど49種、準絶滅危惧種はアオバズクなど45種、要注目種はオオミズナギドリなど2種、計104種となった。京都府産鳥類321種(1999)の約32%が、保護の必要性があることが判った。
 地方版RDB作成後の課題も多い。京都府RDBは普及版(2003)が出版され、全情報が以下の府のHPによって公開されている。http://www.pref.kyoto.jp/kankyo/rdb/index.html
 その結果、開発の際に考慮しなければならない種が増加した。レッドデータブックの作成の本来の目的は、絶滅の危機を訴え、各種の保護計画を作成し、その危機のランクを下げることである。その方向への努力はこれからの課題である。
 なお、有害な外来生物の実態を認識する作業が、国レベルとともに地方レベルでも必要となっている。京都府では外来生物調査を2005年からはじめている。問題となる種を確認し、影響度・定着度から、被害甚大種・被害危惧種などと指定して警告を発する作業を開始している。以下の京都府のHPで【外来生物目撃情報募集】を行っている。http://www.pref.kyoto.jp/gairai/index.html

5.環境影響評価(環境アセスメント)
 環境影響評価の制度は、それだけで保護が達成できるわけではないが、少なくとも無制限の開発を抑制し、開発を律速する効果がある。この制度は、事業開発による環境への影響を評価する手続きを定めている。科学的情報の把握や住民の意見反映のしくみは順応的環境管理の考え方が基本にある。
 自治体の環境影響評価制度条例は改善されつつある。京都府では以前は簡便な要綱アセス(1989年)であった。これは国の簡便な閣議決定アセス(1987年)の反映である。しかし、国の環境アセス法(1997年)を反映して、京都府環境影響評価条例が制定され1999年から施行されている。これは以下のように、要綱アセスに(  )内が加わったものとなっている。
 (方法書→)準備書→評価書→事業実施(→事後調査) ( )は新たに付加
 京都府環境影響評価条例の概要や、条例を適応した事例に関しては以下のサイトを参照されたい。
 http://www.pref.kyoto.jp/kankyo/sonota_proj/hyouka/assessment.html
 方法書フローが追加されたのは、いわば調査計画について公開・討議の場が確保されたことになる。方法書は、「調査課題のしぼりこみ(スコーピング)」が本来の目的であり、多数の(地方版)レッドデータ種に対してどのように有効な調査計画をたてているかが検討の課題となる。
 条例アセスは、事業アセスであるが、『限りなく計画アセスに近い事業アセス』(京都府担当者からの説明)という側面もある。事業計画の説明過程における改善効果(事業目的・事業規模・事業位置など)がおこる効果もありそうである。
 開発の影響を少なくするミチゲーション技術も重要となってくる。
 参照 森本幸裕・亀山章編(2001)ミティゲーション −自然環境の保全・復元技術−.ソフトサイエンス社.
 須川恒「生き物からみたミティゲーション;鳥類」。→内容概要は以下に公開 http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/ovmiti.htm
 ミティゲーションの国際比較 http://www.seiryo.ac.jp/iaia-japan/news/news4-3/d00004.html
   (私が作成調査にかかわった静岡県の興津川の保全に関する条例についても少し触れている。ここでは水源地となる流域保全のために、(ゴルフ場などに)開発するのと同じ規模の森林を復元しなければならないとする画期的な条例が制定された。)

6.生き物と共生する街づくり ビオトープ

・「オオタカが変える街づくり」1994年3月8日朝日新聞社説より。「去年夏、新たにオオタカの営巣が確認された関西学研都市の木津地区では、保全整備計画の見直し」他各地の事例があり「わたしたちは、希少生物の保護が街づくりさえ大きく変える時代に生活するようになった」。
・愛知万博とオオタカ。1999年5月 会場予定地の海上の森で絶滅危惧種のオオタカの営巣が確認され、新しいアセス法のモデルとして大論争となった。2000年9月 長久手町に主会場の計画変更され、海上の森の計画が縮小。 2005年3〜9月「自然の叡智(えいち)」をテーマに愛知万博は開催された。(大阪万博(1970)跡では『自立した森』(130ha)再生事業が続く。愛知万博は跡地を利用した住宅地開発の姿勢が批判された)
・新保国弘(2000)オオタカの森.崙書房.
 千葉県流山市ではオオタカの生息地をコアにした市野谷(いちのや)の森公園の計画が提案されている。多様な生き物が生息している価値を生かしたビオトープ型公園の計画と言える。
・ビオトープに関する私の考え。
(1)ビオトープの階層がある。小さいものから、
 教室ビオトープ(例 水槽)、学校ビオトープ(トンボ池型)、学区ビオトープ(学区の中にある自然度が高くアクセスしやすいシジュウカラ林(学校林)・カイツブリ型池・水辺調べ(遊び)川など)、行政のつくるビオトープ型(水鳥・野鳥)公園、大学の持つ里山ビオトープなど。
(2)ビオトープは自然財のCEPA(対話・教育・啓発)の場である。
 CEPAとは、Communication(対話 ヨコの関係)、Education(教育)、Public Awareness(啓発)
自然(里山や湿地)の価値と持続的利用のシステムを次世代に伝えるしかけである。さまざまなビオトープ間の連携、ビオトープを媒介とした地域とのつながりが大切である。 
 例 京都市梅小路公園の「いのちの森」を研究者・市民・行政が連携してモニタリング調査と管理への助言。
 「いのちの森  生物親和都市の理論と実践」(2005)京都大学学術出版会。
http://inochinomori.web.infoseek.co.jp/
 奥山の原生自然、里山の持続的に利用される自然と並んで、自然の存在を許容しないと思われる都市においても、その親和のための理論を考えることによってはじめて我が国の陸上の自然保護・保全に関してのスコープが生まれるのではないであろうか。

7.オオタカが変える大学づくりへ
 パワーアップしたオオタカ(1999)。大学がオオタカもいる森を宝として持つ価値を指摘→当時の上山大峻龍大学長『パラダイム・シフトということですね』。
 瀬田の隣接林のオオタカの確認状況
1995〜1998年、2005〜2006に生息や営巣(1999〜2004情報?)。
 瀬田学舎隣接林の利用計画変更過程
1984〜 龍大瀬田学舎、1994 隣接林取得、1995 県へ通知書(要綱アセス)提出、調査開始
1999 準備書用報告書完成、2000 計画を学内で再検討、2001 第1回龍大里山シンポジウム
「創造的活用」にむけ教職員請願(238名)、環境教育等教学利用の方向へ、
2003〜 環境ソルーション学科、2004〜 里山学ORC(〜2008)
 オオタカも営巣している「龍谷の森」、大学の森として「賢明な利用」への方向転換。
 地域の課題を大学が総合的に受けとめる場としての活用へ。

8.里山から見える世界 里山環境における鳥獣害問題の公開勉強会
・里山ORC報告書(2005年度)より、里山ORCのHPで公開
 http://satoyama-orc.ryukoku.ac.jp/index.html
 2005年4月ワークショップ「里山環境における鳥獣害問題の課題を探る」
 正式報告は上記サイト。ワークショップのメーキングサイトは以下。
   http://homepage2.nifty.com/Larus/satoyama.htm
 ポスターやビラに使わせてもらった絵は、ツキノワグマがアンブレラ種であることを示す絵。
・鳥獣害の保護管理計画は対象種の特性によって内容は大きく異なる。
 シカ・イノシシ:急速な増加:個体数調整等、
 サル:被害を起こす群れを特定して対策、
 ツキノワグマ:被害を起こすが絶滅危惧種、
 カワウ:環境は湿地。広域移動。
 内水面漁業の被害とコロニーの森林(樹木)被害、環境省特定計画技術マニュアル(カワウ編)(2004)
計画動き出す←大型獣の経験に学ぶべき点多い。
・解決にむけての課題(ツールの併せ技の重要性)
(1)様々な被害防除対策の併せ技
(2)被害対策・生息環境管理・個体群管理(個体数調整など)の併せ技
(3)過疎地は余力が残っていないという問への答え→里山の多様な価値評価にたった施策を総合的に組み合わせる
(4)長いつきあいを持つ地域を生かす鳥獣害問題を含む諸研究と人材育成が大学に期待されている。
 
9.結論
(1)オオタカの役割

 里山保全におけるオオタカの役割。計画アセスや方法書が欠けている閣議決定アセス(府県の要綱アセス)の段階で、オオタカは事業の目的等の再検討、調査計画の妥当性を議論する契機となることが多かった(龍谷大学のケースもこれであろう)。
 オオタカは保護の象徴というよりは、里山の持続的利用の程度を示し、その議論へ誘う役割を持っていたし、これからも持つかもしれない。 
(2)道具(ツール)を活用しないと「もったいない」
 ほんの1世紀で地球環境は大きく悪化、
 限られた資源を持続的に利用しないと「もったいない」(4つのR;Reduce,Reuse,Recycle,Repair)
   マータイ様の「Mottainai」国連講演の内容は以下を参照 → http://homepage2.nifty.com/Larus/mottainai.htm
 同様に、里山などの自然財保全のための多くのツールに無知なのも「もったいない」。
 地域の里山や湿地が抱える課題を知り、多くのツールの総合的な使い方を体得しつつ、里山にかかわる研究や活動を継続する必要がある。
(3)道具類を生み出す多国間環境条約に注目 
 環境保全のための制度・枠組み・活動がここ10年ほどでも多くできている。1992年のリオサミットが出発点だけでなく1971年の湿地保全条約(ラムサール条約)発足に、自然の持続的利用に関する考えを明瞭にした源流があると考えている。
 ラムサール条約が提供している多くのツール類について、湿地を里山と読み替えることで、里山保全についてもつながる多くのツールに気付かされる。持続的利用(ワイズユース)のツール類を、ラムサール条約を通して学ぶ啓発・学習の場として琵琶湖ラムサール研究会の以下のサイトがある。これを利用し、また更新に協力されることが勉強になると考えている。
 http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/projovw.html
 ラムサール条約は湿地保全のための多くのツールを収めている道具箱と言える。里山保全のための国際環境条約というものはないが、この講義のタイトルを「里山保全のための道具類」でなく、「里山保全のための道具箱」とした意図をご理解いただきたい。