獣害を防ぐための里山管理

野間 直彦
(里山ORC研究スタッフ、滋賀県立大学環境科学部)


農業への獣害が問題になっているイノシシ、サル、シカはいずれも森林に生息し、里山林に接した農地に現れやすい。被害が急増したのは最近10年ほどのことで、昔は今ほど出なかったというところがほとんどである。これは里山林の利用のしかたが変わったことに一因がある。高度経済成長期以前の里山の状態を調べると、集落や農地周辺の山は、伐採・利用されて低い・あるいはまばらな植生が広い面積を占めていたことがわかる。それが、隠れ場(または餌の量も)少ないことと、恒常的な人の立ち入りを獣が忌避する効果をもつこととで、人の領域と獣の領域の緩衝地帯の役割を果たしていたと考えられる。ところが現在は、獣害の発生する農耕地に隣接する林地はその多くが放置されて、暗い二次林、未間伐植林、あるいは藪となっている。これは姿を見られずに近づき、追われても逃げ込むことが容易で、獣の側にとっては農地に出やすい構造といえる。そこで、このような林地を伐採・活用し、農地と獣の生息場所の緩衝地帯としての機能を回復させることによる獣害抑制技術を開発する目的で、林を伐採して調査を行った。
 滋賀県近江八幡市島町のイノシシ害発生農地に隣接する未利用林地を伐採した。竹と広葉樹は皆伐、スギ・ヒノキは強度の間伐を行った。伐採前後の植生の状態を、毎木調査、草本層調査により記録した。ラジオテレメトリー調査による行動圏把握、赤外線センサー内蔵カメラを置いての自動写真撮影、伐採地と農地でのイノシシの生活痕跡の調査を行い、伐採前後のイノシシの利用状況の比較を行った。

伐採の結果、林床が明るくなり下草の覆う面積・種数が大幅に増加した。一方、テレメトリーにより追跡できた1個体の行動圏は、伐採後に面積が約半分となり、位置は伐採地を避けるように変化した。自動撮影で記録された、伐採地内のヌタバへのイノシシの訪問は、伐採開始から約2ヶ月半は皆無になった。しかし、その後は前より多くなった。掘り起こしなどの生活痕跡の数も多くなった。これは、放置したために実生や草本の藪ができイノシシの利用価値が高くなったためと考えられた。その藪を刈ると、イノシシは再び伐採地を忌避した。一方、伐採地と農地との間にある防護柵をイノシシが突破した箇所数と農地の被害面積は、伐採後に大幅に減少した。伐採地の餌場価値が上がり、農地の餌場価値が相対的に下がったためかもしれない。植生と生活痕跡の関係をみると、伐採前の状態ではイノシシは通る場所を選択していないが、伐採後は開けた場所を避けていた。低木や下草よりも高木の量に影響されていると考えられた。また副次的な効果として、景観が改善したと評価され、伐採地や周辺の自主的な刈り払いや伐採材の活用などがみられた。

 藪を放置するとイノシシの利用が増えたように、伐採地を継続して利用・管理することが効果を持続させると考えられる。そこで次の策として放牧や山菜栽培を検討している。伐採などは、近隣である程度の面積がまとまれば林業・農業の補助金を利用することもできる。将来的には、次第に伐採・管理が山を上がってゆくように行うのが理想である。さらに伐採した材の利用も課題であるが、今回のように農地の周囲から行うやり方は、搬出に農道が利用できるので有利であるといえる。

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