クマの出没に関わる生息地条件につい

森林総合研究所関西支所 大井徹


  昨年、北陸、中国地方を中心にツキノワグマが頻繁に出没し、人身被害、クマの駆除数が増加し、世間をおおいに騒がせた。実は、このクマの異常出没は、ほぼ毎年どこかで発生し、同じ地域をみても何年かおきに起きている。すなわち、クマの異常出没には、繰り返し起こる自然現象という側面がある。しかし、それだけでは説明がつかない現象もある。それは、人家侵入被害の増加であり、クマが人や人工的な環境へ馴れてきている疑いがもたれる。

  さて、繰り返しのある自然変動という側面についてだが、これはクマの繁殖生理と森林の果実生産の年変動が結びついて起こっていることのようだ。日本のツキノワグマは冬眠をするが、その期間は飲まず食わずである。さらに、メスはその間に繁殖も行う。冬眠前の食物環境が彼らの生存と繁殖にとって重要なのだ。特に、脂肪に富んだブナ科堅果が越冬にあたっての重要な食物であると考えられている。一方、これらの果実の作柄は年変動し、それにともなってクマの行動域が拡大し、里地への出没が頻繁になるのだと推測されている。

  異常出没の主要因は秋の実りと関係していることは、様々な状況証拠からほぼ間違いないと思われるが、その他の要因についてはどうであろうか。私は、地域的には分布の里地、里山への拡大も出没助長要因として作用したと考えている。通常、クマは夏痩せするが、私のもとへ送られてくるクマの頭部をみると、夏のものでも脂肪がたっぷりついているものが目立ってきた。これらのクマは農作物、家畜飼料など人工的な餌に依存して夏でも十分に栄養をとっている可能性がある。そのような人工的な食物に引き付けられて里地、里山へ定着するというクマの行動の変化もあると思われる。

  森林を含めた地域の景観も出没やそこで起こる被害と関係している。岩手県内のツキノワグマ生息地域は奥羽山系と北上山系の二つの地域に分かれるが、捕獲個体の特徴、人身被害の発生状況をこの二つの山系で比較するときわめて対照的な結果が得られた。この原因は二つの地域の景観構造に由来すると考えられる。地形は人間の手によって変えようがないが、人間の土地利用のあり方を景観レベルで変えれば、出没を少なくし被害を軽減できることを示唆していると私は考えている。

 里山の変化がクマの生活、さらに出没に実際どのような影響を与えているか未解明な部分が多い。現在の里山と奥山で、クマがどのような生理的な変化をともなってどう行動しているのか、クマとの共存方法を考える上で、まず明らかにしていく必要があると思う。

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