「獣害を防ぐための里山管理(野間直彦氏:里山ORC研究スタッフ、滋賀県立大学環境科学部)」に対するコメント
滋賀県東近江地域振興局農産普及課大中経営指導担当(普及センター) 寺本憲之
近年、全国で野生獣による農作物被害が激増している。これは1960年以降の日本の高度経済成長により、自然環境が破壊されたり、人の生活様式が一変したりして、長年育まれてきた昔の里山構造が一瞬のうちに崩壊してしまったことに起因していると考えられる。野生獣による農作物被害を防ぐ、一つの手法として昔の里山構造を取り戻すための適正な里山管理があるとされている。今回の野間氏の講演内容は、管理ができていない農地周辺の雑木林や植林地等の里山を適正な管理を行うことによって、農地と雑木林との間に見通しのよい帯状の空間(緩衝地帯(バッファーゾーン))を創ることによってイノシシが農地等の里へ侵入しにくくして農作被害を軽減しようということを実証しようというものである。
筆者が考えている獣害が増加した原因とその対策方法の概略について下記に示す。
日本の高度経済成長による歪み
1)森の変化
国の戦後の経済施策として、1960年頃から山の開発やスギ、ヒノキの針葉樹を植林する拡大造林事業が始まった。滋賀県では、広葉樹の割合は、1970年では52%であったが、2000年には38%まで低下した。野生獣は針葉樹を食料供給源として利用できない種が多い。また、近年、植林地でもスギ、ヒノキの木材価値が著しく低下し、放任された植林地が多くなった。一方、光熱等のエネルギー源が薪、炭から電気、ガス、灯油へとシフトしたため、山の雑木林利用がほとんどなくなった。このように山の開発や植林により野生獣の食物が減少した上、雑木林や植林地も放任状態になったため太陽の光が地表に届かなくなったため、野生獣の食料になる下草や低木樹さえ育たない状況になっており、森の野生獣の食べ物は減少した。また、野生のサル、イノシシ等の群れは血縁関係のある雌と子供で構成され、一定の行動域をもって採食を行い、その行動域は群れのサイズや力関係、餌場の状況等で決定される。このように群れの行動域内で山の開発や針葉樹の植林が行われると、群れは餌場の一部が失われ、食べ物を求めて里近隣へ降りてくるようになる。
2)里の変化
山村では、若者が田舎と捨てて都会へ転出し、過疎化と高齢化が進み、里の人口密度が著しく低下した。農耕地では、農業機械や技術の発達により農地での耕作人の作業時間が激減し、農地での人口密度は著しく低下した。
このように、人の生活様式の変化により、農地や雑木林、植林の利用率が低くなり、里の人口密度が低下し、人からの野生獣に対する圧力が著しく減少した。
3)気象の変化
近年の大きな環境変化として、地球温暖化による近年の気温上昇が挙げられる。従来、豪雪地域は東日本を中心に広がっていた。しかし、地球温暖化による暖冬の影響により、根雪期間は短くなり、野生獣の冬期間の死亡率が減少した。その結果、近年、野生獣の分布域は北上しており、日本全土の個体数も増加したものと考えられている。
里山崩壊と野生獣による農作物加害との関係
従来、人と野生獣とはお互いの圧力関係によって棲み分けを行ってきた。1960年頃までの里山では、人からの野生獣に対する狩猟圧が高く、さらに多くの人が農耕地や雑木林を利用することで人圧を増加させ、圧力関係は人の方が野生獣よりも高く、人と野生獣が混在利用する緩衝地帯(バッファーゾーン)が山側の雑木林にあったと考えられる。一方、1960年以降、人の生活様式が変化すると、圧力関係が逆転し、野生獣の圧力の方が人よりも高くなり、野生獣は緩衝地帯が雑木林から農耕地へ移行し、農作物を加害するように至ったのではないだろうか。
里山での人と獣との共存
人と獣との共存を行うためには、昔の里山の構造と人と獣との圧力関係を復活させる必要がある。滋賀県では、里の餌場価値を下げる対策として、@野生獣を見かけたら石を投げたり、花火を鳴らしたりして威嚇を行い、野生獣に対して人が怖いと教える、A人圧を上げたりや隠れ家をなくすため、人が農耕地や雑木林に積極的に入り、遊休農地、雑木林や針葉樹林の適正な管理を行う、B農耕地周辺では生ゴミや農作物残渣の適正処理、農地では防護柵等で農作物を守り、野生獣に簡単に食物を与えない等を地域住民に対して指導し、森の餌場価値を上げる長期的対策として、@広葉樹の保全、A植林や針葉樹植林地の間伐、B針広混交林化等の公私協同管理が検討されている。
参考文献
1) 寺本憲之,2003.滋賀県でのサルと人との共存について考える.野生獣との滋賀の獣たち,103-131.サンライズ出版.滋賀.
2) 寺本憲之,2005.里やまでの人と獣との共存―地域ぐるみの対策―.生態学からみた里やまの自然と保護,188-189.講談社.東京.