本報告の目的は、日本各地で発生している「イノシシ問題」について、環境社会学的な視点からとらえ直すことである。
従来この問題は、生態学や動物行動学といった自然科学分野における問題とされてきたが、この問題をよりダイナミックにとらえるためには、人間側が野生動物にどのような視線を投げかけ、野生動物のどのような行動を問題と認めるかという社会学的視点が不可欠である。また近年野生動物に対する社会的要求が多様化するのにともない、従来行われてきた対症療法的な対策の根本的改革が求められるようになった。このような状況のなか、1999年に野生鳥獣政策が大きく転換し、野生動物の保護管理政策が導入された。ここで重要となるのは、被害をもたらす野生動物とかかわっている地域住民を、単に情報提供者や政策の協力者として位置づけるのではなく、その住民の生活に埋め込まれた「管理」の意味や手法をどのように政策に組み込んでいくかということであろう。そのためには、地域住民の生活という立場から、野生動物や自然と人びととのかかわり、そしてそのなかで引き起こされている問題について明らかにすることが必要である。この点において社会科学分野が果たすべき役割は大きいといえよう。
そこで今回は、現代のイノシシ問題における人びとと自然とのかかわりについてフィールド調査を通して検討したものを報告する。具体的には、以下の2点を課題とする。第1点目は、「イノシシ問題」における人間側の社会・経済的影響について明らかにすること。第2点目は住民が日常生活のなかで、野生動物や自然をどのように認識し被害に対応しているのかを明らかにすることである。そして、以上をふまえて問題解決に向けた課題を提起する。
第1点目については、農村部である滋賀県志賀町の事例と都市部の神戸市東灘区における「イノシシ問題」から検討する。さらに、長崎県対馬市と兵庫県篠山市におけるイノシシと地域住民とのかかわりについて述べる。ここでは、それぞれの地域における社会や経済活動のあり方によって、住民の「イノシシ問題」への対応が異なることを明らかにする。第2点目については、上述の事例の中でも特に滋賀県志賀町の事例を取り上げて述べる。ここでは、中山間地域における「イノシシ問題」が、農業問題と密接なかかわりをもっていることを確認する。またイノシシだけではなく、この生息地となっている耕作放棄地に対する住民の認識のあり方について述べる。これをふまえて、「イノシシ問題」に対する住民の対応がその認識のあり方に左右されることを明らかにする。
以上を通して「イノシシ問題」をとらえ直してみると、この問題は地域社会のあり様やそれが抱える諸問題を内包した問題なのだといえよう。それは、単にイノシシによる被害が問題なのではなく、鳥獣害に対していかに地域住民が対応するかが大きな問題なのである。よって問題解決に向けた課題としては、地域住民の自然に対する認識のあり方を問い直すこと、そして住民がこの問題の当事者としての自覚を持つことである。そのうえで、問題に対して住民が集団的に対応しうるような地域づくりについて検討することが必要なのである。