ツバメの集団ねぐらとヨシ原からはじまる世界
 ポータルサイト(準備室)

2016年12月15日開始
2017年6月30日更新(ボルネオ越冬地調査報告追加)
2018年1月30日南アフリカのツバメサイトのリンク説明追加




                           ILLUSTRATED BY JUN UEDA


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URLは以下
http://larus.c.ooco.jp/TSUBAME.htm




ツバメの集団ねぐらについてのポータルサイト準備室作成について 2016年12月15日
                            準備室長  須川恒@京都市

  本日(12月15日)琵琶湖淀川流域ヨシ原サミット(於:淀川河川事務所伏見出張所別館会議室)に参加した。
http://www.yamashiro-kayabuki.co.jp/yoshi-hara_summit/
  ヨシの保全と利用にかかわる多くのキーパーソンが集まった。
  入り口で近江八幡から来られた竹田勝博さんと真田陽子さんに5年ぶりに再会した
(前回どこであったかは後述)。
 あらためて思ったことは、市民にヨシ原の存在や意義を示す入口としてツバメの集団ねぐらの観察会が
とても役立っていることだった。しかし、ツバメの集団ねぐらにかかわる情報や印刷して配布できる
文書ファイルについてのポータルサイトのようなものはないと痛感した。
  このページは、ツバメの集団ねぐらの標識調査に際して、捕獲したツバメの胸腹部の色を記録する
際のランクについて作成してあったページ(後述) である。このページを展開していきたい。
  また、ツバメの集団ねぐらを通して理解して欲しいヨシ原の世界、特にヨシ原を伝統産業として
利用している世界についても知ってほしいと思っているので、そういった情報へのリンクも試みる
ことにしたい。

  まずは、私のかかわっている多くのウェブサイトのトップページにある植田潤さんの絵をこの
ページでも掲載する。ツバメの飛翔図である。
  この図は1991年からはじめた龍谷大学深草学舎のサマーセッション(夏期集中講義)の
の際の配布資料の表紙絵としても利用させていただいている。4日間のサマーセッション
の2日目午後は、宇治川の野鳥観察、ヨシ原の観察、ツバメの集団ねぐらの観察であり、
ツバメの標識調査の見学もしている。
  
  さて、まず準備したいファイルがある。1990年にNature Study(大阪市立自然史博物館
友の会会報)に書いた文で、これをプリントアウトして実に多くの方に配った。
 宇治川の河川敷の観察会で会った多くの方にも配っている。
26年も前に書いた文だが、一番コンパクトにまとまっているように思う。
 須川恒(1990)ツバメの集団塒(ねぐら)の観察.Nature Study,36(8):89-92.
 TsubameNegura1990.pdf へのリンク

 ヨシ原サミット的な集まりとしては、1999年6月26日〜28日ヨシの国際シンポジウムが
琵琶湖博物館で開催された。
http://www.omnh.net/konc/Mokuji/38_Mokuji.htm
 その講演内容は上記の関西自然保護機構会報に目次がある。
 その中で私は以下の講演をした。
須川恒(1999)ツバメの集団塒地となるヨシ原の重要性.関西自然保護機構会報21巻2号(通算38号):187-200.
The importance of reedbeds as communal roost sites of the barn swallows
 会報には分量を気にせずに書いてよかったので、ツバメの集団ねぐら地とヨシ原の関係について当時得ている
近畿地方の情報を集約して考察し、ねぐら地を保全するために必要と考えられるポイントについて書いた。
  TsubameRI1999.pdf へのリンク
 その後2000年以降も府県によってはねぐら地の情報が多く集積されているが、近畿地方全体として
その後どうなのかをまとめたものはまだない。ぜひ誰かやってほしいと思っている。
 このシンポジウムでは、ヨシ博物館をつくっておられた西川嘉廣さんによる「ヨシと人の暮らしとの係わり」
の講演もあり、西の湖の視察もあったが、ヨシを業とする方の直接の発表はなかった。

 宇治川の河川敷ではツバメの標識調査を継続的にやってきた。バンダー複数で行うことも
多いので、どのように調査をすすめるのかのマニュアルを作成した。
 須川恒(2009).ツバメの集団塒(ねぐら)における標識調査のマニュアル.ALULA(No.39,2009秋号):32-37.
Alulaというのはバンダーの同人誌で年2回発行されている。このマニュアルにほぼ近い形のファイルが
以下である。
 TsubameManual2009.pdf へのリンク

  このマニュアルの追記に書いてあるツバメの胸腹の色のランクの詳細が以下である。

ツバメの胸腹の色のランク
 京都市宇治川のツバメの集団塒(夏秋塒)における標識調査では、胸腹の色は、 特に腹の中央付近の
白〜濃肌色を見て以下のランクで記録している。
 白(S)、白濁(D)、薄い肌色(U)、肌色(H)、濃い肌色(N)
 この色のイメージをつかんでもらうために図を以下に示す。


 宇治川での標識個体のほとんどは白(S)か、白濁(D)、で薄肌(U)もある。
 一面肌色のものは肌(H)とする。濃肌(N)はごくまれ。
 日本国内で繁殖するツバメはHirundo rustica gutturalisという亜種とされ、
 海外の越冬地調査ではアカハラツバメ(H.r.saturata)が混ざるとされる(※)。
 宇治川でも晩秋になると濃い色のツバメが通過する印象もあるので記録をとっている。

 ちなみに越冬地調査(マレーシア・サバ州(ボルネオ))で尾崎清明様が採用していた胸腹の色のランクは以下だ
った(須川,2003)。タイで撮影したツバメの写真を元にランクを調査員に示していた。
1:白、
2:薄茶(かなり幅広い)
3:赤錆+薄茶(赤錆色が入るのがポイント)、
4:赤錆
 ボルネオでは1か2が多く、特に2が多かった。3も時々あった。タイでは3や4がもっと多いそうだ。
 宇治川で使っている胸腹の色のランクとの関係では、白(S)と白濁(D)は越冬地の1、薄い肌色
(U)、肌色(H)は2に入り、濃い肌色(N)は2だが3かもしれない。

※ 以下によると、東アジアにおいてH.r.saturataなどの亜種は明瞭でないという。アカハラツバメに
あたる亜種は、H.r.tytleriである。
http://en.wikipedia.org/wiki/Barn_Swallow#Subspecies

ボルネオのツバメの越冬地の調査についての以下も読めるようにする(New!)。
■□須川恒(2003)ボルネオ(マレーシア・サバ州)鳥類標識調査紀行 その1.ALULA(No.26,2003春号):32-41.
■□須川恒(2003)ボルネオ(マレーシア・サバ州)鳥類標識調査紀行 その2.ALULA(No.27,2003秋号):38-49.
  上記二つをまとめたPDFファイルは以下 SabahSwallowsRep2003.pdf へのリンク
 ボルネオ(マレーシア・サバ州)でJICAで働いていた臼井俊二さんが上記のその1を引用した
記事を書いている。
 http://www.bbec.sabah.gov.my/japanese/01_nature/na_050302.html
 また神山和夫さんも以下のp6でボルネオのツバメの越冬について書いている。
上記のその1、その2が引用されている。
 http://www.bird-research.jp/1_newsletter/dl/BRNewsVol5No3.pdf

 さらに以下のやりとりも見つける。これは京都市修学院(叡電駅前)にボルネオのように
電線ツバメでねぐらをとる群れが見つかった時のやりとりである。
http://green.ap.teacup.com/wbsjkyoto/360.html

海外のツバメサイト
 フィリピンの集団ねぐら情報を検索したら、Batangas Cityからの電線ツバメの
報告を見つけた。2014年のもので2010年からモニターしているとのこと!
http://barnswallow.co.za/news/barn-swallow-news-2014/
I’m Mr. Oliver Carandang Gonzales, from the Philippines, City Environment and Natural Resources Officer of Batangas City. We have started monitoring the swallows that landed on our city since 2010 and from there on until now, they are continuously populating!! What’s more, during night time, they’ll find time to get together, all swallows at the center of the city, along our electrical lines….good to know that you have this site which carefully monitored their migration!!
Warmest regards!!! Batangas Cityはルソン島でマニラの南約70km。
 このサイトを久しぶりに見て、このサイトはツバメについての世界の情報をいっぱい掲載していることに気づいた。
zaとはどこの国だろう→南アフリカ共和国に割り当てられている別コードトップレベルドメイン(ccTLD)。
ZADNAによって管理されている。 「
ZA」は、「南アフリカ」を意味するオランダ語「Zuid-Afrika」の略称。
 Youtube動画で画像が紹介されている。南アフリカで2014年11月9日夕方、ビクトリア湖岸のヨシ原の前で待っている
人々。ヨーロッパからツバメがやってくるのを待っている人々である。以下ごらんあれ
 以下が南アフリカのツバメのホームページ。売りは湿地のねぐらへ集結する300万羽以上のツバメとのこと。
しかもこれがヨーロッパからやってきているという点も売りのようだ。11月〜4月まで観察できる。
 http://barnswallow.co.za/
 http://barnswallow.co.za/news/barn-swallow-news-2018/
  でも2018年1月は寒くておかしなことになっているようだ。
〜〜〜
ツバメの集団ねぐらについて書いた報告やエッセー(一部に含むものもある)
 ツバメの集団ねぐらについては、以下のような報告やエッセーを私は書いている。
 いちおうリストをあげておく。このうち■□、をつけているのが上記の5点(2点を追加した)である。
■だけのものは、PDFファイルを作成しているものである(必要な方にはお送りできる)。

■須川恒(1981)ツバメが渡る前.アニマ1981年10月号:32-33.
須川恒(1982)宇治川河川敷のツバメ類の集団塒とその保護について.関西自然保護機構会報,No.8:P25-30.
■須川恒(1984)ツバメの集団塒−その観察と保護.野鳥,1984年4月号:18-21.
須川恒(1985)足環物語 ツバメ.第一工業製薬社報438号:10-11.
須川恒(1986)ツバメの集団塒(ねぐら).「京都の野生動物T」京都の動物編集委員会編,145−149.法律文化社.
■□須川恒(1990)ツバメの集団塒(ねぐら)の観察.Nature Study,36(8):89-92.
川道美枝子・須川恒(1998) ツバメの街(森の新聞13). フレーベル館.
■□須川恒(1999)ツバメの集団塒地となるヨシ原の重要性.関西自然保護機構会報21巻2号(通算38号):187-200.
■須川恒(2001) 生き物からみたミティゲーション 鳥類.ミティゲーション−自然環境の保全・復元技術−
 (森本幸裕・亀山章編,ソフトサイエンス社):222-234.
■□須川恒(2003)ボルネオ(マレーシア・サバ州)鳥類標識調査紀行 その1.ALULA(No.26,2003春号):32-41.
■□須川恒(2003)ボルネオ(マレーシア・サバ州)鳥類標識調査紀行 その2.ALULA(No.27,2003秋号):38-49.
■□須川恒(2009).ツバメの集団塒(ねぐら)における標識調査のマニュアル.ALULA(No.39,2009秋号):32-37.
■須川恒(2014)京都の自然と産業〜野鳥が語る京都の自然〜.2013年度経営学特別講義.19〜43.龍谷大学京都産業学センター.
■須川恒(2016)ツバメの集団ねぐらを通してヨシ原を守る.野鳥,2016年7月号/No.806:16.
■須川恒(2016)ツバメの渡りと集団ねぐら.ソングポスト,201(2016年8-9月号):16-18.

ツバメの集団ねぐらについての出演番組
■NHKウォッチング「渡り前夜のツバメ」(タモリと対談:25分,1985年9月18日.
■NHK京都「京都思い出散歩あのころへ ウォッチング・ウグイス・ツバメ」2012年6月23日(45分),対談 須川恒・中川緑アナ.
  上記の番組は内輪の会ならばDVDを紹介できる。
■須川恒(2016.05.12.19:00〜19:30)風になる.ならFMどっとこむ「風天」(PN:森啓・AS:森口知可子).
http://784press.navvita.under.jp/?cid=33
http://navvita.under.jp/huten/20160512huten.mp3
 平城宮跡のツバメの集団ねぐらについて紹介している。


ツバメのねぐら調査に関しての目ぼしい文献リンク

廉隅楼雄・松良俊明(1994)京都市南部におけるツバメの営巣と集団ねぐらの観察
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006200030

岡口晃子・辻野亮(2016)奈良市平城宮跡におけるツバメの集団ねぐら利用の季節変動
Seasonal changes of communal roost use of Barn swallows, Hirundo rustica, in Nara Palace Site of Nara City
http://near.nara-edu.ac.jp/handle/10105/10404

リンク先はないが無視できない文献は以下
内田清之助・仁部富之助(1939) 燕の塒りに関する調査成績.鳥獣調査報告第9号:1-45.
 特にこの文献は、参考となる記述が多い。
 戦前だが、農業害虫を採食する鳥類としてツバメの研究が進んでおり、集団ねぐらの保護にも触れている。
★20170209 東京の有田一郎さんからスズメの個体数水準の変化についての論文別刷りをいただき
仁部富之助のまなざしが大切との手紙が添えられていた。
 ツバメも仁部がでてくる。ふと本当に『リンク先はない』のか気になって、「鳥獣調査報告 9号」でGoogle検索
すると以下が出た!!!
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1047892
国立国会図書館のデジタルコレクションで全部を読むことができる! 画面上の「次」で次々と出てくる。

水野壽彦・岸博幸(1957) 葦原における燕集団の継続観察. 野鳥,22:5-12.
日本野鳥の会遠江支部(1986) ツバメ Hirndo rusticaの塒に関するアンケ−ト調査. Strix,5:30-46.
   これはPDF公開されているかもしれない。
Medway, Lord(1973) A ringing study of migratory Barn Swallows in west Malaysia. Ibis,115:60-86.

今回龍谷大学の関係者が複数参加している背景には、龍谷大学里山学研究センターの活動がある。
里山や湿地の保全と持続的利用というのが研究のテーマなので、大きなかかわりを感じた。
 里山学研究センターのサイトは以下
 http://satoyama.kenkyu.ryukoku.ac.jp/


ヨシ原の伝統産業としての利用に関してのリンク
山城萱葦株式会社
http://www.yamashiro-kayabuki.co.jp/

葭留(よしとめ)のサイト
http://yoshitome.petit.cc/

琵琶湖博物館は2016年7月に一部リニューアルをした。
その中には参加されていた芦谷さんらがかかわられた
ヨシの保全と利用にかかわる展示(C展示室)もある。
http://www.lbm.go.jp/renewal/


湿地の持続的利用に関する国際条約であるラムサール条約の普及啓発サイト
琵琶湖ラムサール研究会
http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/projovw.html
 この中では以下の文でツバメの集団ねぐら地の情報把握の重要性についてふれている。
http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/ovmiti.htm
 この中では以下の文で琵琶湖湖岸のツバメの集団ねぐらについてふれている。
 http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/sec1d.htm

 この中では以下に1992年に大津(と釧路)で開催されたアジア湿地シンポジウムについて紹介している。
http://www.biwa.ne.jp/~nio/ramsar/sec1b.htm
大津におけるアジア湿地シンポジウムの開催は翌年琵琶湖がラムサール条約の条約湿地として登録される
重要なきっかけとなったシンポジウムであった。この時に、琵琶湖の夕べという特別集会があり、私は
以下を発表した。
■Sugawa,H.1993.Birds in Lake Biwa and Conservation for their habitats.
Proceedings of the Asian Wetland Symposium,161-166.ILEC,Kusatsu.
 同じ集会で、安土町の竹田こうすけ氏がヨシ利用と保全について発表し、会場から
多くの質問が出た。その時のやりとりも含む内容が報告書に英文となって掲載されている。
 12月15日のヨシ原サミットでは、家業を継がれた竹田勝博さんも
現在の活動について紹介された。
 こうすけ氏の当時の報告のPDFファイルを以下に置く。
Kosuke TAKEDA(1993)Utilization and Conservation of Reed
Takeda1993Yoshi.pdf へのリンク


世界湿地の日の活動について
 世界湿地の日はラムサール条約の普及啓発、世界の湿地の保全と持続的利用をめざす
普及活動の一つである。2011年から湖北(滋賀県長浜市湖北町)で毎年2月2日前後に
琵琶湖水鳥湿地センター/湖北野鳥センターが中心となって活動を続けている。
 2011年1月に近江八幡市で行った世界湿地の日の活動が最初のものだった。
この時には、竹田勝博さん、真田陽子さんも参加された。
 その時のレポートは以下(ラムサール条約事務局へ送ったが締め切り後だったので
世界に配信はされなかった)。
 英語版    http://vories.shiga-saku.net/d2011-04-01.html
 日本語版   http://vories.shiga-saku.net/d2011-04-02.html

  湖北の2011年から2016年の活動については以下をごらんいただきたい
(報告が未完成の年度もある)
  http://www.biwa.ne.jp/nio/eng/index_e.html

   ラムサール条約の普及活動をしてももう一つ拡がって行かないが、ヨシの
保全と利用を軸にした活動は、先につながっていく手ごたえをヨシ原サミットに参加して感じた。
  研究者が生物多様性の意義を語ってもなかなかリアルに理解してもらえない湿地の価値だが、
海産アユの遡上に燃える京都の内水面関係者の話題を聞くと、とてももりあがりを感じる
(今回鵜殿について発表された岡崎慎一さんとは、海産アユの遡上(カワウ問題)といった点でもつながる)。
 小規模であれ、湿地を活かした生業を通して、わたしたちは湿地の価値を知ることができるのだと
思った。
 なおヨシ原サミットの冒頭に演奏されたJ.スウィートプラムによる「よし笛」演奏(琵琶湖周航歌、荒城の月、竹田の
子守歌)では、近江八幡や鵜殿のヨシからよし笛をつくっているとのことだった。宇治川向島地区のヨシをつかったよし笛の
作成はまだないそうだ。私はリコーダーの演奏が好きなので、もし宇治川のヨシでよし笛ができるならば、
F.ディープグリーン(伏見・深草)というグループを結成してみたいと思っている。

ヨシ原サミットでは、ヨシの種類(ヨシ原の植物)についての発言がいくつかあった

ヨシ
ツルヨシ
セイタカヨシ(セイコノヨシ)
オギ
マコモ
 これらの植物の基礎的情報が必要と思った。
 これら以外のヨシ原の随伴種(タデ類などの希少種を含む)については土屋和三さんの講演があった。

鵜殿のヨシ原における報告案(新名神の事前調査)
山田兄弟製紙(福井県越前市不老町)

2017年3月5日追記
 豊中市穂積の環境
 私は以前から豊中市穂積という場所に関心を持っていた。  ここは戦後ツバメの
集団ねぐらがあったところで、野鳥誌に 観察報告が掲載されていた(水野他1957)。
ところがその後 埋め立てられた。1999年にまとめた近畿地方ツバメ の集団ねぐら
地の表(須川,1999)の中にも掲載している(大阪府のO2)。ツバメの集団ねぐらとなって
いる湿地 が破壊されたケースとして注目している。
 豊中市では赤坂下池という住宅地の中の池に数年前からツバメの 集団ねぐらが見つかり、
観察会に参加すると、かつて穂積で ツバメの集団ねぐらがあったことが話題となる。
 Google Mapで「豊中市 穂積」で検索し、航空写真の図をだすくと(※)、穂積の範囲
が判る。すぐ南を名神高速が東西 に通っている。
※  https://www.google.co.jp/maps  左上の検索欄に「豊中市 穂積」を入れ、右下が地図に
なっていたらクリックして航空写真にする。

 この場所が、近頃、ゴミの埋め立てなどでとても話題となっ ている森友学園の予定地
とどういう位置関係となるのかが気にな ってきた。以下のブログ記事を見つけた。
http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-1595.html  
 なるほど戦後すぐには湿地帯があり、ツバメの集団ねぐらがあった環境であることが判る。
ブログにはその後の変遷 や、本当に大量に値引きをするほどのゴミがうめられていたのか
どうかの考察がしてある。  
 

  ツバメにしてみたらねぐらになっていた湿地の、破壊された後の歴史はどうでも
よいことだろう(復活してくれるならば別だが・・)。
 ちょうど宇治川のヨシ原のヨシ焼きについて案内をいただいた。
>ヨシ焼きは来週からスタートします。
>朝の早い時間帯ですが、ご都合がよければぜひ一度ご見学頂ければ幸いです。
http://yamashiro-kayabuki.co.jp/yoshi-yaki5/
  宇治川の河川敷にあるヨシ原がヨシ焼きによってよい状態に維持されるか
どうかはツバメたちにとっては大切なニュースである。

 宇治川のヨシ焼き作業後、残された場所に模型ヘリコプターが落下して延焼する事故
がニュースとなった(2017年3月12日)。ニュースでは23haが延焼となっているが、これは
ヨシ焼き作業した範囲も誤って含めていて、実際は10ha弱だったことが判っている。